ヨルシカ「火星人」基本情報——小市民シリーズ第2期OPとアルバム『二人称』
「火星人」は、ヨルシカが2025年5月9日に配信したシングルで、TVアニメ『小市民シリーズ』第2期のオープニングテーマとして書き下ろされた楽曲だ。その後2026年3月4日にリリースされたヨルシカの5thフルアルバム『二人称』にも11曲目として収録されている。作詞・作曲・編曲はすべてn-bunaが手掛けており、n-buna自身は「ミニマムなスタイルのファンクサウンド。メインのギターは古いモズライトを使いました。ミュージックビデオのアニメーションを熱心に作った思い出があります」とコメントしている。
「火星人」タイトルの意味——火星に向かいたい「地球に馴染めない人間」の比喩
「火星人」というタイトルが指すのは、宇宙人としての火星人ではなく、「地球(現実・日常・世間)」に馴染めないまま、「火星(自分だけの場所・理想・逃避先)」を渇望している人間だ。歌詞の主人公は「穏やかに生きていたい」と言いながら「ふざけた嵐」を求めており、「普通のシンパシー」では満足できない人間として描かれている。
地球の引力=社会や他者からの圧力・期待・規範、火星への渇望=その引力から解放されたいという感情——タイトル「火星人」とは、そういう意味で「地球には属せない人間」の自己定義だ。最終的に「さよならあの地球の引力」と歌うラスサビで、この曲は地球への別れを告げる。
「ランデヴー」の仕掛け——「へ」と「で」が描く二つの状態
この曲を考察するうえで見逃せないのが、「ランデヴー」という言葉に付く助詞の使い分けだ。ランデヴー(rendez-vous)はフランス語で「会う約束・待ち合わせ」を原義とし、宇宙船が接近・ドッキングする意味にも使われる。
1番サビでは「火星へランデヴー」——「へ」は方向・目的地を示す助詞で、「火星に近づいていく」という接近の意味だ。まだ火星には到達していない、ここではない場所を目指している状態を表す。一方2番サビでは「火星でランデヴー」——「で」は「火星において」という場所を示し、「火星の中で誰かと会う」という意味になる。1番が渇望、2番が到達のイメージと読み解けるこの使い分けは、n-bunaが意図的に設計した言語の仕掛けだ。
「自分(おまえ)」という二重の仕掛け——一人称か二人称か
この曲最大の謎が、2番サビで「僕が見たいのは自分の中身だけ」と歌詞に書かれているにもかかわらず、suisが明らかに「おまえ」と歌っている箇所だ。「自分」という言葉は一人称(=私自身)にも二人称(=あなた)にも使える日本語の特性を利用した仕掛けで、「自分(おまえ)の中身」と歌うことで「自分自身を見たい=自己探求」と「あなた(誰か)の中身を見たい=他者への渇望」の両方の意味が同時に成立する。
さらにラスサビでは「君に足りないのは時間と余裕だけ」という歌詞が登場する。ここで突然「君」という二人称が現れる。「僕」が「君」に語りかけているのか、それとも「僕」が「自分(おまえ)」という対象化された自分に向けて言っているのか——この曖昧さがこの曲全体のテーマである「自分と向き合うこと」の核心だ。
「僕の苦しさが月の反射だったらいいのに」——外側に原因を求める心理
繰り返し登場するフレーズ「僕の苦しさが月の反射だったらいいのに」は、この曲の感情的な中核だ。月は自ら光を発しない——太陽の光を反射しているだけだ。もし自分の苦しさが「月の反射」、つまり外側の何かを反射しているだけのものならば、原因は自分の内側ではなく外にあることになる。「自分が悪いわけじゃない」「環境や世界が問題なんだ」と言いたい心理——しかし同時に「だったらいいのに」という言葉が、それがただの願望であることを自覚している。
同様に「僕の価値観が脳の反射だったらいいのに」というフレーズも、自分の感じ方・考え方が「脳の自動反応」に過ぎないなら、自分を責めなくて済む——という逃げ場を求める感情だ。n-bunaはここで「自己責任の問題から逃げたいという人間の本音」を非常に精緻に描いている。
「言葉の光だけ」——創作によってしか自分を知れない人間
ラスサビで「僕が見てるのは言葉の光だけ」と歌われる。ランタンも鏡も音楽も薬もいらない——外発的なものは何も必要ない。必要なのは「言葉」だけだ。これはn-buna自身の創作観と深く重なる。言葉によって詩を書くことでしか自分の形を認識できない——「火星人」という曲そのものが、その「言葉による自己探求」の産物として成立している。
アルバム『二人称』が「詩を書く少年が先生との文通を通して言葉の世界を知っていく」という書簡型小説と連動していることを考えると、「火星人」という楽曲は少年が抱える「言葉の光でしか自分を見られない孤独」を歌っているとも読める。

まとめ——ヨルシカ「火星人」が描く孤独なランデヴー
「火星人」は、地球に馴染めない人間が、ランタンも鏡も他者も必要とせず、ただ言葉の光だけで自分の中身を探し続ける曲だ。「へ」と「で」のランデヴーの使い分け、「自分(おまえ)」という一人称と二人称の融合、月の反射という自己責任からの逃避願望——n-bunaが緻密に設計した言語の仕掛けが重なり合い、ヨルシカの楽曲の中でも特別な「孤独さ」を持つ一曲として完成している。


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