ヨルシカ「アルジャーノン」は、2023年2月6日にリリースされたデジタルシングルだ。TBS系火曜ドラマ『夕暮れに、手をつなぐ』(広瀬すず・永瀬廉 主演)の主題歌として書き下ろされた。穏やかなピアノサウンドとsuisの透明感ある歌声が静かに胸を満たす一方で、ダニエル・キイスのSF小説『アルジャーノンに花束を』への深いオマージュが込められた、重層的な楽曲だ。この記事では、タイトルの意味・n-bunaのコメント・「長い迷路」というキーワードを軸に、歌詞を徹底的に読み解いていく。
「アルジャーノン」基本情報
楽曲名:アルジャーノン
アーティスト:ヨルシカ
リリース日:2023年2月6日
作詞・作曲:n-buna
タイアップ:TBS系火曜ドラマ『夕暮れに、手をつなぐ』主題歌
収録アルバム:音楽画集『幻燈』
n-bunaのコメント——「迷路を進む貴方を眩しく見つめる」
「アルジャーノン」についてコンポーザーのn-bunaは、「箱の中の迷路を迷いながらもただ出口へと進み続ける『貴方』の姿を少し眩しく感じる主人公の気持ちを表現している」とコメントしている。
「眩しい」という言葉がポイントだ。憧れや羨望、あるいは追いつけないもどかしさ——複雑な感情を一言で包み込む。主人公は「貴方」の隣にいながら、どこか客観的な距離感でその歩みを見守っている。そこには「私も一緒に走りたい」という願いと、「この人の速さには追いつけないかもしれない」という静かな諦めが同居している。
「アルジャーノンに花束を」とのオマージュ——「長い迷路」の意味
タイトルが示す通り、この曲はダニエル・キイスのSF小説『アルジャーノンに花束を』を強く意識した作品だ。
小説のあらすじを簡単に説明しておく。知的障害を持つ青年チャーリィ・ゴードンは、動物実験で脳手術を受けて高い知能を獲得したネズミ・アルジャーノンに刺激を受け、自分も同じ手術を受けて天才的な知性を手に入れる。しかしやがてアルジャーノンの知能が急速に低下し死んでしまう。自分の知能で同じ運命を辿ることを悟ったチャーリィは、後世のために経過報告を手記に残す——その手記の最後にタイトル「アルジャーノンに花束を」の意味が明かされる。物語の中で「迷路」は、アルジャーノンとチャーリィが挑む課題として繰り返し登場する象徴的なモチーフだ。
ヨルシカの歌詞に登場する「長い迷路」「長い迷路の先も恐れないままで」というフレーズは、この小説の「迷路」と直接呼応している。生という迷路を進み続けることへの恐れ、そしてそれでも走り続ける「貴方」の姿——n-bunaはこの構造を意図的に組み込んでいる。

歌詞考察①「貴方はどうして僕に心をくれたんでしょう」
曲は「貴方はどうして僕に心をくれたんでしょう / 貴方はどうして僕に目を描いたんだ」という問いかけから始まる。
「心をくれた」「目を描いた」——これはその人と出会って恋をしたことで初めて感情が動き、これまで見えなかったものが見えるようになったという意味だ。自分に「心」と「目」を与えてくれた人——それが「貴方」だ。しかし「どうして僕に目を描いたんだ」という言い回しには、どこか責めるようなニュアンスもある。見えなくてよかったものまで見えるようになった戸惑い、知らなくてよかった恋の痛みを知った悲しみが滲む。
続く「僕のまなこはまた夢を見ていた 裸足のままで」——気負わず、等身大のまま夢を見られるようになったのも「貴方」のおかげだという告白だ。
歌詞考察②「ゆっくり」が12回繰り返される理由
「アルジャーノン」の歌詞には、「ゆっくり」という言葉が全部で12回登場する。これは偶然ではない。
「ゆっくりと変わっていく」「ゆっくりと走っていく」「ゆっくりと眠っていく」「ゆっくりと忘れていく」——歌詞全体を通じて「ゆっくり」が繰り返される構造は、小説のアルジャーノンとチャーリィとの対比として読める。急速に知能を得て、急速に失っていく二人の物語——その「急速さ」と正反対の「ゆっくり」を肯定することで、n-bunaは何を伝えようとしているのか。
「風に流れる雲」「少しずつ膨らむパン」「育っていく大きな木」「あくびを一つ」——歌詞に散りばめられたゆっくりした時間のイメージは、急いで手に入れた知能よりも、ゆっくりと積み重なる日常の方が尊いかもしれないという問いを投げかけている。
歌詞考察③「僕らはゆっくりと忘れていく」——1番と後半の対比
1番では「貴方はゆっくりと変わっていく」と「貴方」主体で歌われていたが、後半では「僕らはゆっくりと忘れていく」「僕らはゆっくりと眠っていく」と「僕ら」という複数形に変わる。
「貴方」だけでなく「僕ら」という括りになったとき、主人公も「貴方」と同じ時間の流れの中にいることが示される。忘れていくこと、眠っていくこと——それは消えることではなく、「少しずつ崩れる塔を眺めるように」静かに受け入れていく過程だ。過去の痛みや苦しみもゆっくり崩れて、やがて土台だけが残る。そしてその土台の上で「頭の真ん中に育っていく大きな木の / 根本をゆっくりと歩いていく」——未来への恐れを手放した歩みが始まる。
歌詞考察④「いつかとても追いつけない人に出会うのだろうか」——中間部の問い
中間部には三つの問いが並ぶ。「いつかとても追いつけない人に出会うのだろうか / いつかとても越えられない壁に竦むのだろうか / いつか貴方もそれを諦めてしまうのだろうか」——これは「貴方」への心配であり、「僕」自身への問いでもある。
小説のチャーリィは実際に「越えられない壁」にぶつかった。自分の知能低下を止められないという壁だ。この三つの問いはチャーリィとアルジャーノンが辿った運命を、まだ前を走り続けている「貴方」に重ねた問いとして読める。迷路を恐れずに走る「貴方」も、いつかは壁に突き当たるかもしれない——それでも今は、その姿が眩しい。
ドラマ『夕暮れに、手をつなぐ』との二重構造
ロッキング・オン誌は「この曲は『夕暮れに、手をつなぐ』のドラマにもしっかりと寄り添うものになっているのだから、n-bunaの作詞の奥深さにまたもや驚かされる」と評した。ドラマと小説『アルジャーノンに花束を』に直接の相関はない。それでも、ドラマの物語にも、小説の世界にも、そして普遍的な「愛する人の歩みを見守る」という感情にも、同時に寄り添える歌詞を書いてしまうのがn-bunaという作詞家の凄みだ。
アルバム『幻燈』との繋がり——ヨルシカの大きな物語の中の一曲
「アルジャーノン」は音楽画集『幻燈』にも収録されている。『幻燈』はヨルシカの連作的な世界観——エイミーとエルマという二人の物語、生と死と再生のサイクル——の一部として設計されたアルバムだ。「アルジャーノン」の中で語られる「僕らはゆっくりと忘れていく」という言葉は、この大きな物語の文脈に置いたときにさらに深い意味を帯びてくる。

まとめ——「ゆっくり」が最も尊い、という静かな宣言
ヨルシカ「アルジャーノン」は、急いで賢くなり急いで失っていったチャーリィとアルジャーノンの物語を裏に持ちながら、「ゆっくり迷いながら進むこと」の尊さを歌う曲だ。「長い迷路の先も恐れないままで / 確かに迷いながら」——この最後の一節こそ、n-bunaがこの曲に込めた核心だろう。完璧に走らなくていい。迷ってもいい。ゆっくりでいい——そんな言葉が、静かなピアノの音と共に胸に沁みる。
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